2009/09/07

稚拙な文でごめんね

性犯罪裁判に対する裁判員制度の導入問題で
裁判員の候補に挙がってた人がインタビューに応えてて
「娘がいるので公平にはできそうもない」
「被害者の親の気持ちを考えてしまう」
という理由から
「『性犯罪の裁判』は難しい」と言ってた。

で、実際の裁判員に選ばれた人も
「男である自分が正しく裁けていたのか不安」とも言ってる。

言いたいことはわかるが
そんなこと全く気にする必要がないと思うのはダメだろうか?

性犯罪に関わらず、どんな犯罪だろうと
被害者、またその家族のことを考えてしまうのはしょうがない
というより、当たり前なんじゃないのかな。
心情面を全く持ち込まずに判断するなんて
・・・無理じゃない?それは性犯罪に関わらないんじゃないかな。

あと「『男』だから『「(女性である)被害者』の気持ちがわからないかも」
とか言っても、裁判官って男の方が多いでしょ。
「(女性被害者の)性犯罪の裁判官は女性限定」
って話が先になるよね。でもそんな事にはなってない。
(オレが知らないだけで運動自体はあるのかもしれないけど)
だいたい、「被害者の気持ちわからんかも」とか言い出したら
殺人事件はどうなるんだ。
みんな殺されたことなんてあるわけがないんだし。


裁判中でのプライバシーの問題だとか、セカンドレイプの問題とか
制度的に問題があるっていうのは「ああそうかも」とは思った。
ちょっと気をつけないといけないかも。
でも「『市民感覚』で性犯罪が裁けるか」っていうのは
”市民”をナメすぎなんじゃないの?って思うんだよなー
ってのは性善説すぎる?

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