2010/04/21

拡張した現実とは

「爆問学問」の拡張現実の回を観終わって
ネット契約を解約されて家族を殺した彼のことを思い出した。


"ヴァーチャルな世界"と"「現実」の世界"のミックスを目指している
っていうのがざっくりとした今回のテーマだった、と受け取ったのだけれど
太田が言ってた「現実が基準、とは必ずしも言えないだろう」というのが
とても印象に残った。

本物のモナリザを観た感動を、切手になったモナリザを観た感動が上回ることだってあるだろう。
その時、「本物」とは?「基準」とは?「現実」とは?というのが太田の話(だったはず)。

さらに太田は続ける。
ある人に出会い、その人のことがとても好きになった。
しかし、会えない時間が続き、自分の中でその人への想いが強くなる。
1年後にようやくもう一度会えた、、、が、なんだかしっくりこない。
自分の"記憶の中の「その人」"の方が、やっと出会えた"現実の「その人」"を上回ってしまっている。
"現実の「その人」"が「本物」であることには違いないのだろうけど
しかし、思い続けた"記憶の中の「その人」"がもはや「基準」になってしまっている。

「本物」とは?「基準」とは?「現実」とは?


家族を殺した彼にとってはネットの世界こそが「現実」であり「本物」であり「基準」だったんだと思う。
彼からすれば「ネットの世界の方が現実より面白い」んじゃなくって
「現実の世界はネットの世界よりつまらない」のではなかっただろうか。

家族を殺す、という凶行の理由が「ネットを解約されたから」というのでは
どう考えたって釣り合いが取れてないんだけれども
彼にとっての全てがそこにあったのなら、それを奪われるのは死に等しかったのではないか。
(彼は犯行におよぶ前に「解約したのは誰だ」と訊いたんだそうだ。)

勾留中の彼にネット環境が与えられるわけがない。
彼にとってどんな罰よりも重いのではないか。
犯行の内容からいって死刑でも不思議ではないけれど
ネットの無い世界が今の彼にどれほどの意味があるのだろう。

Posted via email from New Way,New Life - posterous -

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